はじめに
対流圏では、通常、高度が高くなるにつれ気温が低下します(豆知識16)。しかし、一部の高さ(層)において、上空ほど気温が高くなることがあります。このような層を逆転層といいます。逆転層は非常に安定しており、その中(層内)での空気の上昇は困難です。
逆転層は、その構造や成因(できる原因)によって「接地逆転層」「沈降性逆転層」「前線性(移流)逆転層」などに分けられます。今回は、これらの逆転層の事例を、エマグラムを使って紹介します。
接地逆転層(3事例)
夜間の放射冷却により地表と接する空気が冷やされ、その上にある空気より気温が下がる場合にできる逆転層を、接地逆転層といいます。この逆転層は主に冬季に、雲がなく、風が弱い夜に発生しやすいです。
逆転層内では、大気が絶対安定(豆知識16)であるため、上方に拡散されず、よどんでしまいます。夜が明けて、太陽が顔を出すと、大気は次第に暖められるので、逆転層は次第に解消されます。
2023年1月12日21時(館野)
具体的に、2023年1月12日21時の館野の事例(図1)でお話ししましょう。この時のエマグラムをみると、地表付近では上空に向かって気温が高くなっており、逆転層が発生しています(①中の矢印)。この逆転層は、その厚みが薄くなっています(①)。さらに、この時、館野は日本の南に中心を持つ高気圧に覆われており(②)、地表付近の風は弱いです(①)。
以上のことから、この逆転層(①中の矢印)は、冬季の夜間に、地表に接する空気が冷やされることで発生した、接地逆転層であると考えられます。

図1 2023年1月12日21時の館野におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)①はワイオミング大学のwebサイト(https://weather.uwyo.edu/upperair/sounding.html)から入手。②は気象庁提供。
①:注目する逆転層に、矢印を記入した。
②:①のエマグラムの観測地点に、矢印を記入した。
さらに、2023年12月4日21時の館野(図2)、2024年4月2日9時の福岡(図3)の事例も紹介します。
これらの地表付近に発生した逆転層についても、2023年1月12日21時の館野の事例(図1)と同じく、接地逆転層の特徴を確認できます。
2023年12月4日21時(館野)

図2 2023年12月4日21時の館野におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1参照。
2024年4月2日9時(福岡)

図3 2024年4月2日9時の福岡におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1参照。
沈降性逆転層(3事例)
高気圧の付近で発生するのが沈降性逆転層です。また、寒気が流入するところでも発生します。高気圧の圏内では、下降気流が生じています。沈降した大気は気圧が上昇し圧縮されるので、気温が上昇します(豆知識15)。その結果、上空に向かって気温が高くなる逆転層が発生します。
接地逆転層とは異なり、沈降性逆転層は、地表面から離れた高度にできます。
2023年12月26日9時(福岡)
具体的に、2023年12月26日9時の福岡の事例(図4)でお話ししましょう。この時のエマグラムをみると、850hPa付近では上空に向かって気温が高くなっており、逆転層が発生しています(①中の矢印)。この逆転層より上層では湿数が大きく乾燥しており、下層では湿潤傾向にあります(①)。さらに、この時、福岡は高気圧の圏内にあります(②)。
以上のことから、この逆転層(①中の矢印)は、高気圧圏内の下降気流に伴う断熱圧縮による昇温のため発生した、沈降性逆転層であると考えられます。

図4 2023年12月26日9時の福岡におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1参照。
さらに、2023年2月9日21時の秋田(図5)、2024年9月29日9時の秋田(図6)の事例も紹介します。
これらの800hPa付近に発生した逆転層についても、2023年12月26日9時の福岡の事例(図4)と同じく、沈降性逆転層の特徴を確認できます。
2023年2月9日21時(秋田)

図5 2023年2月9日21時の秋田におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1参照。
2024年9月29日9時(秋田)

図6 2024年9月29日9時の秋田におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1参照。
前線性(移流)逆転層
前線とは、性質が異なる2種類の空気(暖気と寒気)がぶつかっているところ(境目)です。温暖前線は寒気の上を暖気が上昇しながら押し進めていく構造をしているので、上空に向かって気温が高くなる逆転層が発生します。寒冷前線は、暖気の下に寒気が潜り込むようにして押し進めていく構造をしているので、やはり逆転層が発生します。
これらの逆転層を、前線性逆転層と呼びます。実際の前線性逆転層では、混合により気温差が小さくなって、逆転層の性質が不明瞭になることが多くあります。
なお、前線性逆転層は、移流逆転層と呼ばれる場合もあります。これは「前線」と「暖気・寒気移流」のどちらを強調するかの違いによるものです。
温暖前線通過時(3事例)
2024年4月3日21時(館野)
それでは、温暖前線通過時のエマグラムと地上天気図を、2024年4月3日21時の館野の事例(図7)でお話しましょう。エマグラムをみると、790hPaから760hPa付近では、上空に向かって気温が高くなっており、逆転層が発生しています(①中の矢印)。
この逆転層より下層だけでなく、上層でも湿っています(①)。また、この時、館野は温暖前線の北側に位置しています(②)。さらに、逆転層よりも下層から、逆転層よりも上層に向かって、風向が時計回り(右回り)に変化しています(①において実線で囲った部分)。このことは、暖気移流があることを意味しています。
以上のことから、この逆転層(①中の矢印)は、温暖前線の通過に伴う前線性(移流)逆転層であると考えられます。

図7 2024年4月3日21時の館野におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)①:注目する風向を実線で囲った。その他の注釈は図1参照。
さらに、2024年6月23日9時の館野(図8)、2019年2月3日21時の秋田(図9)の事例も紹介します。
館野(図8)では930hPaから900hPa付近、秋田(図9)では850hPaから800hPa付近に発生した逆転層についても、2024年4月3日21時の館野の事例(図7)と同じく、温暖前線の通過に伴う前線性逆転層の特徴を確認できます。
2024年6月23日9時(館野)

図8 2024年6月23日9時の館野におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1、7参照。
2019年2月3日21時(秋田)

図9 2019年2月3日21時の秋田におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1、7参照。
寒冷前線通過時(2事例)
2024年3月5日21時(福岡)
次に、寒冷前線通過時のエマグラムと地上天気図を、2024年3月5日21時の福岡の事例(図10)でお話しましょう。エマグラムをみると、890hPaから820hPa付近では、上空に向かって気温が高くなっており、逆転層が発生しています(①中の矢印)。
この逆転層より下層だけでなく、上層でも湿っています(①)。また、この時、福岡は寒冷前線の北側に位置しています(②)。さらに、逆転層よりも下層から、逆転層よりも上層に向かって、風向が反時計回り(左回り)に変化しています(①において実線で囲った部分)。このことは、寒気移流があることを示しています。
以上のことから、この逆転層(①の矢印)は、寒冷前線の通過に伴う前線性(移流)逆転層であると考えられます。

図10 2024年3月5日21時の福岡におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1、7参照。
さらに、2021年3月6日21時の秋田(図11)の事例も紹介します。この時、940hPaから860hPa付近に発生した逆転層についても、2024年3月5日21時の福岡の事例(図10)と同じく、寒冷前線の通過に伴う前線性逆転層の特徴を確認できます。
2021年3月6日9時(秋田)

図11 2021年3月6日9時の秋田におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1、7参照。
その他の逆転層(3事例)
春から夏頃、オホーツク海、日本海、あるいは北日本に中心を持つ高気圧の影響で、北東からの冷たく湿った風(北東気流)が吹き、関東・東北地方の太平洋側で曇りや雨になることがあります。
この場合、冷たい海面水温の影響を受けた相対的に低温な下層空気が流入することで、それより上空の気温が高くなることで逆転層が発生することがあります。このような北東気流に伴う逆転層も、前述の移流逆転層に含まれますが、ここでは前線性と分ける意味で、その他の逆転層として紹介します。
2015年8月29日9時(館野)
具体的に、2015年8月29日9時の館野の事例(図12)でお話します。この時のエマグラムをみると、950hPa付近では上空に向かってわずかに気温が高くなっており、逆転層が発生しています(①中の矢印)。
この時、北海道の南東海上に中心を持つ高気圧があり(②)、その高気圧の縁辺を回る北東風が、館野の下層に流れ込んでいます(①において実線で囲った部分)。以上のことから、この逆転層(①の矢印)は、北東気流に伴う逆転層(移流逆転層)であると考えられます。

図12 2015年8月29日9時の館野におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1、7参照。
さらに、2021年9月16日9時の館野(図13)、2021年9月28日9時の館野(図14)の事例も紹介します。
図13①では930hPa付近、図14①では820hPaから810hPa付近に発生した逆転層についても、2015年8月29日9時の館野の事例(図12)と同じく、北東気流に伴う逆転層(移流逆転層)の特徴を確認できます。
2021年9月16日9時(館野)

図13 2021年9月16日9時の館野におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1、7参照。
2021年9月28日9時(館野)

図14 2021年9月28日9時の館野におけるエマグラム(①)、地上実況天気図(②)
注)図の注釈は図1、7参照。
おわりに
今回は、上空ほど気温が高くなる逆転層の事例を、エマグラムを使って紹介しました。高層気象観測データ(過去のデータ)は、気象庁のwebサイトで公開されています。また、そのデータから作成されたエマグラフは、アメリカのワイオミング大学などのwebサイトで公開されています。
興味がある人は、これらのwebサイトをご覧になられてはいかがでしょうか。
今回の豆知識で参考にした図書等
・岩槻秀明(2017) 気象学のキホンがよ~くわかる本(第3版),秀和システム
・小倉義光(1994) お天気の科学-気象災害から身を守るために-,森北出版
・小倉義光(1999) 一般気象学(第2版),東京大学出版会
・気象庁のwebサイト
・中島俊夫(2022)イラスト図解 よくわかる気象学 実技編,ナツメ社
・長谷川隆司,上田 文夫,柿本 太三(2006)気象衛星画像の見方と使い方,オーム社
・Windy.comのwebサイト
・ワイオミング大学のwebサイト