はじめに
前回の豆知識では、空気塊が断熱的に上昇するにつれ、断熱膨張(断熱冷却)によって、気温がどんどん下がることをお話しました。この気温の減少割合(上空の気温減率)は、空気塊が「乾いているか湿っているか」によって異なります。今回はまず、そのことを具体的に考えてみます。
乾燥大気の安定度について
乾燥断熱減率とは
先ほど述べた空気塊のうち、乾燥した空気が断熱的に上昇するにつれ気温が下がる割合を、乾燥断熱減率といいます。地球では、高度100mごとに0.98℃(約1℃)気温が下がります。その値が、乾燥断熱減率となります。
また、乾燥断熱減率をグラフで表したものを、乾燥断熱線といいます(図1)。

図1 乾燥断熱線
乾燥空気の安定度
乾燥大気の安定度を知るには、「①上昇させる(持ち上げる)空気の気温」と「②周囲の空気の気温」を比較する必要があります(図2)。
①は、空気塊を「乾燥断熱線」に沿って上昇させて調べます。乾燥断熱線は、前述のとおり、傾きの度合いが決まっています。②は、実際に観測された気温分布をグラフ化した「状態曲線」を用いて調べます。状態曲線は、その時々の気象条件で気温減率(グラフの傾き)が異なります。
もう少し、具体的に話をします。まず、状態曲線で示される実際の気温減率が、乾燥断熱減率よりも小さい(状態曲線は乾燥断熱線より立っている)パターンを考えます(図2A)。空気塊を、乾燥断熱線に沿って1000mまで上昇させたときの気温は10℃。一方、状態曲線で示される実際の周囲の気温は、1000mで15℃であったとします。
つまり、上昇させた空気塊の気温(10℃)は周囲の気温(15℃)より低く、空気塊は下降します(上昇流は発達しません)。このように、状態曲線が乾燥断熱線よりも立っている場合は、常に乾燥大気は安定であると言えます。これを絶対安定と言います。

図2 2つの状態曲線における大気の安定度(絶対安定と絶対不安定)
次に、状態曲線で示される実際の気温減率が、乾燥断熱減率よりも大きい(状態曲線は乾燥断熱線より寝ている)パターンを考えます(図2B)。空気塊を、乾燥断熱線に沿って1000mまで上昇させたときの気温は、やはり10℃。一方、状態曲線で示される実際の周囲の気温は1000mで5℃であったとします。
つまり、上昇させた空気塊の気温(10℃)は周囲の気温(5℃)より高く、空気塊は上昇します(上昇流が発達します)。このように、状態曲線が乾燥断熱線よりも寝ている場合は、常に乾燥大気は不安定であると言えます。これを絶対不安定と言います。
なお、図2には、重さのない熱気球(実際にはあり得ませんが)を書き込みました。細かく言うと、他にも図の説明に合わない点があります。しかし、「熱気球内の空気=上昇させる空気塊」「熱気球外の空気=周囲の空気」に見立てるとイメージしやすいと思い、敢えて書き込みました。熱気球のイラストは、参考程度にご覧ください。
水の状態変化と潜熱
乾燥大気の次は、湿潤空気の安定度に話を進めます。しかし、湿潤空気の安定度を知るためには、「水蒸気」から「水」に、状態が変化する場合などを考慮する必要があります。そこで、まずは、水の状態変化(相変化)について述べます。
一般に物質は個体、液体、気体の形をとります。水も例外でなく、氷(個体)、水(液体)、水蒸気(気体)と形を変えます。このことを、状態変化といいます(図3)。
状態変化にはエネルギー(熱)を伴います。例えば、氷から水への変化の過程では、融解熱を必要とします(融解熱を奪います)。水から水蒸気への変化の過程では、蒸発熱を必要とします(蒸発熱を奪います)。一方、水蒸気から水への変化の過程では、凝結熱(凝縮熱)を放出します。
一般に、状態変化に伴う熱を潜熱といいます。

図3 水の状態変化と潜熱
潜熱の事例
蒸発熱(気化熱)
水が水蒸気に変化する蒸発は、必ずしも100℃でなくても、常温の状態でも起こります。
夏の打ち水では、地面にまいた水が水蒸気に変化する過程で蒸発熱が奪われ、暑さが和らぎます。洗濯物を干した部屋で、ひんやり感じることも、同様のメカニズムによって起こります。また、汗をかくと、汗に含まれる水分が水蒸気に変化する際、蒸発熱が奪われることで、体温が下がります。
凝結熱(凝縮熱)
古くから冬服の定番素材である羊毛(ウール)の繊維は、人体から出ている水蒸気を吸収して水にする能力が高く、その過程で放出される凝結熱によって体を温めることが可能です。
ちなみに、繊維を細くして全体の表面積を増やしたものが、吸湿発熱素材です。表面積が増えると、水分をより多く含むことができるため、より多くの凝結熱を放出できます。吸湿発熱素材のインナーは、近年の冬の必需品になりつつありますね。
凝結熱の原理は、部屋の暖房にも利用されています。つまり、エアコンは外気の冷たい空気を取り込み、その水蒸気が水に変化する過程で放出される凝結熱を使って、暖かい空気を室内に送り出しています。(ちなみに、エアコンの冷房は、蒸発熱の原理を利用しています)
湿潤大気の安定度
湿潤断熱減率とは
水蒸気で飽和している空気塊が上昇すると、その中の水蒸気は断熱冷却により凝結します(豆知識15)。その時に放出された潜熱は、空気塊を暖めます。このため、飽和している空気塊が100m上昇して温度が下がる割合、すなわち湿潤断熱減率は、乾燥断熱減率より小さくなります。
湿潤断熱減率をグラフで表したものを、湿潤断熱線といいます(図4)。湿潤断熱減率の大きさは、空気塊に含まれている水蒸気量によって異なります。大気下層のように水蒸気が多く含まれていれば、100mにつき約0.4℃、中層大気のように水蒸気量が少なければ約0.6~0.7℃です。水蒸気の量がほとんどゼロなら、乾燥断熱減率に近づきます。
このため、乾燥断熱線と比較すると,湿潤断熱線の方がより曲がった線を描き、また高度が高くなるにつれて温度変化が大きくなります。

図4 乾燥断熱線と湿潤断熱線
ちなみに「乾燥断熱減率は、湿潤断熱減率より大きく」「乾燥断熱線は、湿潤断熱線よりも寝る形になる」わけですが(図4)、このことに違和感がありませんか?
中学生の頃に習う、一次関数y=a x + bのグラフでは、x(横軸)の増加量に対するy(縦軸)の増加の割合に注目します。ここで、aが正の数なら、aの値が大きくなるほど、グラフの傾きは立ってきますね。
一方、今回のグラフ(図4)では、y(縦軸、高度)の増加量に対するx(横軸、気温)の減少の割合に注目しています。このため、高度の増加量に対する気温の減少割合(上空の気温減率)が大きいほど、グラフの傾きが寝ることになります。この点には注意が必要です。
乾燥大気・湿潤大気の安定度
乾燥大気の安定度については、図2を用いてお話しました。しかし、湿潤大気も考慮した安定度の場合、話が少し複雑になります。
つまり、状態曲線(実際に観測された気温分布のグラフ)の傾きから安定度を考える場合、以下の3つのパターンに分類されます。まず、状態曲線が湿潤断熱線よりも立った場合(状態曲線Aが、図5①のエリアに位置する)は、絶対安定となります。状態曲線が乾燥断熱線よりも寝た場合(状態曲線Bが、図5②のエリアに位置する)は、絶対不安定となります。

図5 乾燥大気・湿潤大気の安定度
状態曲線が乾燥断熱線よりも立ち、湿潤断熱線よりも寝た場合(状態曲線Cが、図5③のエリアに位置する)は、条件付不安定となります。すなわち、空気塊を乾燥断熱線に沿って上昇させた場合、その温度は、同じ高さの周囲(状態曲線C)の温度より低く、安定となります。
一方、空気塊を最初から湿潤断熱線に沿って上昇させた場合、その温度は、同じ高さの周囲(状態曲線C)の温度より高く、不安定となります。つまり、空気塊が不飽和であれば安定、飽和していれば不安定となります。
前に述べたとおり、乾燥断熱減率は100mにつき約1℃、湿潤断熱減率については大気下層では100mにつき約0.4℃、中層大気では約0.6~0.7℃です。このような中、地球の対流圏における大気については、気温減率が100mにつき平均して約0.65℃であり、おおむね条件付不安定な大気状態になっています。
なお、一般的に大気中で絶対不安定な成層が観測されることはありません。そうなればすぐに上下に転倒(対流)が起こって、中立な成層になる(不安定が解消される)からです。
ただし、例外はあります。日射により地面温度が急激に上昇し、熱は盛んに上に運ばれているが間に合わず、絶対不安定のままである場合です。また、冬季に暖かい日本海上に大陸から寒気が吹き出した際に、下層で観測されることもあります。
エマグラムと積乱雲の発生
対流雲が発達して積乱雲になる可能性があるかどうか、すなわち大気の状態が不安定かどうかを知るために、高層気象観測から得られた気温、露点温度、気圧から作成したエマグラム(EMAGRAM:energy per unit mass diagram)がよく用いられます。
図6は、積乱雲発生についてのエマグラムによるイメージ図です。横軸は温度、縦軸は高度を表しています。この図には、乾燥断熱線、湿潤断熱線、等混合比線が描かれています。
混合比とは、乾燥空気1kgあたり何gの水蒸気が含まれているかを示した量です。湿潤空気が飽和しているときの混合比を飽和混合比といい、その数値が等しい部分を結んだ線が等飽和混合比線です。エマグラム上で等混合比線に沿って空気塊を上昇させると、水蒸気量を変化させずに移動することができます。

図6 空気塊が持ち上げられた場合の積乱雲の発生(エマグラムを用いたイメージ図)
それでは、図6を用いて、積乱雲がつくられ、発達する仕組みをお話します。一般的に、下層大気は水蒸気で飽和していません。図6の場合、地表の気温と露点温度が離れています。
ここで、何らかの要因で上昇気流が発生して、地表付近の空気が持ち上げられたとします。はじめのうち、この空気塊は、乾燥断熱線に沿って温度が低下していきます(図6①)。その温度が露点温度まで低下すると、湿度100%(飽和)に達します。
露点温度は上空に行くにしたがって、図中に紫の破線で示した等混合比線に沿って温度が変化します。このため、乾燥断熱線と等混合比線の交点で(図6②)、持ち上げられた空気塊が飽和に達することになります。このときの高度を「持ち上げ凝結高度」といい、対流雲の底の部分(雲底)の高度に対応します。
飽和した空気塊は、雲をつくりながら、図中に青の破線で示した湿潤断熱線に沿って上昇していきます。湿潤断熱線は、気温減率が小さいため、ときとして状態曲線(実際の気温、周囲の気温)と交わります(図6③)。この高度を、自由対流高度といいます。
この高度まで空気塊が上昇できれば、あとは湿潤断熱線上の空気塊の温度の方が、状態曲線上の周囲の気温より高いので自由に浮力で上昇できるようになります。仮に重さのない熱気球があったとしたら、この高度まで達すると、バーナーを消火しバルーン内の空気を暖めることを止めても、容易に上昇することが可能となります(あくまでも、仮定の話です)。
さらに、空気塊は湿潤断熱線に沿って上昇し(図6④)、再び状態曲線と交わって(図6⑤)、その曲線の左側にくることがあります。この場合、空気塊の気温は周囲より低くなるので、安定となり、浮力はなくなります。この高度を(図6⑤)を、平衡高度と呼び、雲頂高度に対応します。
以上のように積乱雲が発生するかどうかは、地表面近くの空気塊が、自由対流高度まで達することができるかによります。この高度より下では、空気塊の温度の方が周囲より低いので、いつも下に押し戻されようとします。
そこで、自由対流高度に達する方法は一つ。他力本願で、大気下層に十分強い上昇気流があって、それに乗っていくことです。すなわち、最初は、地表近くの空気を何かが強制的に持ち上げないといけないということです。
地表近くの空気塊を自由対流高度まで強制的に持ち上げる力(方法)として、日射による地面の加熱による上昇、山岳地形による強制上昇、大気下層での水平収束(豆知識7参照)、前線の前面に沿って空気が昇っていく場合などがあります。
実際のエマグラム
エマグラムについて
図7は、2024年6月28日9時の福岡市上空のエマグラムに、一部加筆したものです(エマグラムは、アメリカのワイオミング大学のwebサイトから入手)。
横軸が気温(℃)、縦軸は高度の代わりに気圧(hPa)の自然対数がとってあります。図の上へ行くほど(気圧が低いほど)、高度が高くなります。エマグラム内には、太字の黒の実線が2本あります(状態曲線)。右側が実際の気温の分布(①)、左側が露点温度の分布(②)です。
また、一番寝ている緑色の線が乾燥断熱線(③)、次の青色の線が湿潤断熱線(④)、一番立っている紫色の線が等飽和混合比線(⑤)です。灰色の線は、湿潤断熱線と平行に引かれた線(⑥)です。

図7 2024年6月28日の福岡上空のエマグラムに一部加筆したもの
注)エマグラムは、アメリカのワイオミング大学のwebサイトから入手。(https://weather.uwyo.edu/upperair/sounding.html)
エマグラムを読むときも、「周囲の空気」と「持ち上げる(上昇させる)空気」を区別することが大切です。エマグラムに状態曲線として書かれている「気温」と「露点温度」は「周囲の空気」のもので、実際に観測された値です。一方、エマグラムにあらかじめ書き込まれている「等飽和混合比線」「乾燥断熱線」「湿潤断熱線」は理論的なもので、「持ち上げる空気」に適用するものです。
現在の状況を読み取る
豆知識1で述べたとおり、地上付近に暖気、上空に寒気がある状態は不安定です。その地上と上空の温度差が大きいほど不安定の度合いが増します。エマグラムでの気温分布の場合、地上と上空の温度差が大きくなるほど、気温分布は横に(左側に)寝る形になります。
つまり、状態曲線のグラフが横に寝れば寝るほど比較的不安定であり、逆に立っている場合は比較的安定であると言えます。
気温と露点温度の差(図7⑦)が湿数です(豆知識13)。両者の差が大きいほど湿数が大きく空気が乾燥しています。一方、両者の差がない(両者がくっついている)ところは、気温が露点温度に達している、すなわち空気が飽和に達し水蒸気が凝結しているところです。
そこは、雲がある可能性が高い所で、どこからどこまで湿数が小さいかを読み取れば(約3℃未満)、雲の概ねの発生高度を知ることができます。
大気の安定度を判定する
エマグラムの概念を使って積乱雲の発生を再現した時(図6)、持ち上げ凝結高度(LCL)、自由対流高度(LFC)、平衡高度(EL)について紹介しました。ワイオミング大学のエマグラムには、これらに対応するものとしてLCLP(図7⑧)、LFCT(図7⑨)、EQLV(図7⑩)の値が記載されています。
また、雷雨の可能性を判定するのにショワルター安定指数(SSI)という指標があります。この指数が0℃以下であれば発雷の恐れがあり、さらに-3℃以下であれば、強い雷雨の恐れがあります。ワイオミング大学のエマグラムには、これに対応する値も記載されています(SHOW, 図7⑪)。
おわりに
今回は、大気の安定度を取り上げ、気温が高度とともに低くなる(グラフが左側に寝る)度合いが増すほど、不安定となることなどを紹介しました。また、大気の状態が不安定かどうかを知るために、エマグラムが用いられることを述べました。
このエマグラムについては、次回以降も話を続けたいと思います。
今回の豆知識で参考にした図書等
・岩槻秀明(2017) 気象学のキホンがよ~くわかる本(第3版),秀和システム
・小倉義光(1994) お天気の科学-気象災害から身を守るために-,森北出版
・小倉義光(1999) 一般気象学(第2版),東京大学出版会
・加藤輝之(2017) 図解説 中小規模気象学,気象庁
・気象庁のwebサイト・北畠尚子 (2019) 総観気象学 基礎編,気象庁
・武田喬男(2005) 雨の科学-雲をつかむ話,成山堂
・吉﨑正憲・加藤輝之(2007) 豪雨・豪雪の気象学,朝倉書店
・ワイオミング大学のwebサイト