【豆知識9】気圧の谷の軸って何?|発達する低気圧にみられる3つの特徴とは?

はじめに

 前回の「豆知識8」では、上空の気圧の谷・尾根について述べました。今回は、これらと地上の低気圧・高気圧との関係を図解します。そのうえで、低気圧が発生するメカニズム、さらには発達する低気圧にみられる特徴についてお話します。
 なお、今回取り上げる低気圧は、温帯地方で発生する「温帯低気圧」です。以下では単に「低気圧」と呼ぶ場合もあることを、ご承知おきください。

上空の偏西風波動(気圧の谷・尾根)と地上の低気圧・高気圧との関係

 空気が地上で収束し、上空で発散する所では上昇気流が起こり、上空で収束し、地上で発散する所では下降気流が生じること。前者の地域に低気圧、後者の地域に高気圧が対応することを「まめ知識7」で述べました。
 また、上空の南北方向の気温傾度(気圧傾度)がある限界を越すと、等高度線が波を打ち(気圧の谷・尾根の形成)、偏西風が蛇行することを「豆知識8」で述べました。

 今回は、これらの「上昇気流」「下降気流」「偏西風の蛇行」を一体的に考えてみます。図1をご覧ください。この図は、発達しつつある上空の偏西風波動(気圧の谷・尾根)地上の高・低気圧との関係を表しています。

図1 発達しつつある上空の偏西風波動(気圧の谷・尾根)と地上の高・低気圧との関係(模式図)

 図中の➀と⑤は高気圧性の流れで曲率が最大、②と④は直線的な流れで曲率がない、③は低気圧性の流れで曲率が最大となります。ここで、各点の風速を比較してみましょう。②と④では地衡風(豆知識3 図1)に近い風ですが、➀と⑤では高気圧性曲率の風(豆知識3 図5右)で、風速は②と④より大きくなります。一方、③では低気圧性曲率の風(豆知識3 図5左)で、風速は②と④より小さくなります。

 よって、➀と③の間では空気の収束(豆知識7 図2)が起こり、③と⑤の間では空気の発散(豆知識7 図3)が起こります。すなわち、上空の気圧の谷の進行方向前面(東側)では空気が発散し、気圧の谷の後面(西側)では空気が収束します。
 これは、「上空の気圧の谷の前面(東側)では地上の低気圧ができやすく、上空の気圧の谷の後面(西側)では地上の高気圧ができやすい」という、天気予報で非常に重要なことを意味します。

温帯低気圧のエネルギー源(温帯低気圧が発達する仕組み)

 低気圧が発達すると、雨や風が強まりますね。では、低気圧は、何をエネルギー源にして発達するのでしょうか? 結論からいうと、低気圧は、位置エネルギーが運動エネルギーに変換されることによって発達します。

 位置エネルギー(ポテンシャル・エネルギー)とは、高い位置にある物体が潜在的に持っているエネルギーのことです。その物体が重いほど、また、物体の位置が高い所にあるほど、位置エネルギーは大きくなります。例えば、リンゴが木の枝から離れると、リンゴの位置エネルギーは運動エネルギーに変換(顕在化)され、リンゴは落下という運動を始めます。

 ここで、高い位置にある「リンゴ」を、高い位置にある「空気」に置き換えてみましょう。つまり、図2➀のように、大きな箱の中で、鉛直に立った壁(しきい)を境にして、異なる温度の空気が静止している状況を考えます。図2➀の左側が北極側の寒気、右側が赤道側の暖気をイメージしています。

図2 寒気が暖気の下にもぐりこみ、位置エネルギーが運動エネルギーに変換されることを示す模式図

 境界の壁を取り除くと、重い空気(寒気)は下降して軽い空気(暖気)の下にもぐりこみ、軽い空気(暖気)は上昇して重い空気(寒気)の上にのっていきます(図2②)。空気が混合しなければ、最終的に、重い空気は全て軽い空気の下にたまります(図2③)。

 2種の空気を合わせた箱全体の重心(重さ的にバランスがとれる点)を、黒丸で示しました。その位置は最初の状態(➀)の方が、最終の状態(③)より高い。よって、➀の位置エネルギーは、③のそれより大きい。その差が運動エネルギーに変換されて、➀では静止していた空気が②のように運動を起こしたのです。

 この図2は、豆知識8の図1の垂直断面(左が北、右が南)とも言えます。「豆知識8 図1」では、気圧の谷の西側では北からの寒気の流入、気圧の谷の東側では南からの暖気の流入があることを示しました。
 今回の図2は、その寒気は下降しながら流入し、暖気は上昇しながら流入することを示しています。すなわち、大気全体の位置エネルギーが減少し、その分だけ運動エネルギーが増加する。それが、低気圧の発達につながるということです。

発達する低気圧にみられる3つの特徴

 さきほど、低気圧が発達する過程を、エネルギーの観点から述べました。次に、低気圧が発達するとき、実際の天気図でみられる特徴を整理します。その特徴は、大きく分けて以下の3つです。

地上の低気圧の中心に対して、上空の気圧の谷が西に位置

 まず、気圧の谷の軸についてお話します。発達期の温帯低気圧の場合、上空では気圧の谷が解析されても、上空に低気圧の中心は解析されません(図1、図3)。しかし、最盛期(閉塞期)を迎えると、上空でも低気圧の中心が解析されることが多くなります。このような上空の気圧の谷(又は上空の低気圧の中心)地上の低気圧の中心を結んだ線を(図3)、気圧の谷の軸(又は渦管)といいます。

図3 上空の気圧の谷と地上の低気圧および気圧の谷の軸(発達中の低気圧)

 図3では発達中の低気圧を描いており、この場合、地上から上空に向けて気圧の谷の軸が、西に傾いています。このことは、地上低気圧の中心に対し、上空の気圧の谷が西に位置していると言い換えることもできます。
 これが、発達する温帯低気圧にみられる特徴の1つ目です。なお、低気圧が発達して最盛期(閉塞期)に達したら、気圧の谷の軸は鉛直に立ちます。

 ではなぜ、発達中の低気圧の場合、気圧の谷の軸が西に傾くのでしょうか。それは、低気圧(気圧の谷の軸)の進行方向前面(東側)の暖気と、後面(西側)の寒気の層の厚さが違うからです(図4)。図4は、図3を正面(左が西、右が東)から見た図です。

図4 低気圧発達期における気圧の谷の軸と空気の厚層(高度差)

 「豆知識2、3」で述べたとおり暖気は軽い(密度が小さい)ので、空気の厚層(高度差)が大きくなり、逆に寒気は重い(密度が大きい)ので、空気の厚層(高度差)が小さくなります(図4)。よって、上空ほど、同じ気圧面での東側と西側の高度差が大きくなり、気圧の谷の軸は上空に向け西側に傾くようになります。

 「豆知識2、3」では、特に中緯度地帯における南北間の温度差が、南北間の厚層の違い(高度差)につながることを図で示しました。今回は、暖気移流と寒気移流に伴う、東西間の厚層の違い(高度差)に注目しました(図4)。南北間、東西間を問わず、厚層に違い(高度差)が生じる直接的な原因は、「その温度差」にあります。

 次に、低気圧が最盛期(閉塞期)を迎えた時の、気圧の谷の軸をみてみましょう。この頃になると、低気圧の後面(西側)から寒気が中心に向かって流れ込み、次第に寒気だけに覆われるようになります(図5)。

図5 低気圧最盛期(閉塞期)における気圧の谷の軸と空気の厚層(高度差)

 そうなると、気圧の谷の両側の気温差がなくなり、厚層は等しくなって、軸は鉛直に立つようになります(図5)。気圧の谷の東西の温度差がないと、位置エネルギーから運動エネルギーへの変換は起こりません。つまり、低気圧はそれ以上発達しません

低気圧(気圧の谷の軸)の前面で暖気移流、後面で寒気移流

 低気圧(気圧の谷の軸)の進行方向の前面(東側)で暖気移流、進行方向の後面(西側)で寒気移流が卓越していること。これが、発達する温帯低気圧にみられる特徴の2つ目です。
 前面の暖気と、後面の寒気については、図4で取り上げました。その暖気と寒気移流が卓越することが、発達条件になります。暖気移流や寒気移流が発生するメカニズムについては、豆知識8の図1をご覧ください。

 実際に天気図で暖気移流や寒気移流を確認する場合は、主に850hPa(上空約1500m)の天気図を利用します。このことは、今後の豆知識で紹介したいと思います。

低気圧(気圧の谷の軸)の前面で上昇気流、後面で下降気流

 低気圧(気圧の谷の軸)の進行方向の前面(東側)で上昇気流、進行方向の後面(西側)で下降気流が卓越していること。これが、発達する温帯低気圧にみられる特徴の3つ目です。

 図1を、再びご覧ください。この図では、前面(東側)に上昇気流、後面(西側)に下降気流がみられます。その上昇気流と下降気流が卓越することが、発達条件になります。
 実際に天気図で上昇気流や下降気流を確認する場合は、主に700hPa(上空約3000m)の天気図を利用します。このことについても、今後の豆知識で紹介する予定です。

地上の低気圧の中心に対して、上空の気圧の谷が西に位置する4つの事例

 発達する温帯低気圧にみられる3つの特徴のうち、「地上の低気圧の中心に対して、上空の気圧の谷が西に位置する(地上から上空に向けて気圧の谷の軸が、西に傾く)」事例を、実際の天気図でみてみましょう。

 以下の図6~9では500hPa天気図における気圧の谷を黄色の実線で示すとともに、その図の中に、地上の低気圧の中心位置を星印中心気圧(hPa)を白字で書き込みました。
 これらの事例を通して、「発達中は、気圧の谷の軸が西に傾く」「最盛期(閉塞期)に達したら、気圧の谷の軸は鉛直に立つ」ことを確認していただければ幸いです。

2024年3月16日21時~3月19日9時

図6  500hPa 高度・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)注)実線は等高度線。風速(ノット)の分布は、色を変えて表示(詳細は、豆知識5の図6を参照)。細く途切れた線は、風の流れを示す。気圧の谷を黄色の実線で示すとともに、地上の低気圧の中心位置を星印、中心気圧(hPa)を白字で加筆。

2024年3月25日21時~3月27日9時

図7  500hPa 高度・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)注)図中の注釈は図6を参照。

2024年4月18日9時~4月20日9時

図8  500hPa 高度・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)注)図中の注釈は図6を参照。

2024年6月21日9時~6月22日21時

図9  500hPa 高度・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)注)図中の注釈は図6を参照。

おわりに

 今回は、発達する低気圧にみられる3つの特徴(➀~③)を述べました。これらは、相互に密接に関係しています。つまり、「➀気圧の谷の軸が西に傾いている」ことは「②前面(東側)に暖気、後面(西側)に寒気がある」ことを意味し、また、「②前面に暖気移流、後面に寒気移流がある」ことは「③前面で上昇流、後面に下降流がある」ことを意味します。

 ➀と②をつなぐポイントは「暖気と寒気は、層の厚さが異なる」点であり、②と③をつなぐポイントは「暖気と寒気では、重さが異なる」点でしたね。3つの特徴をバラバラにではなく、関連付けて考える。そうすることで、「温帯低気圧の発達」について、理解が深まると思います。

今回の豆知識で参考にした図書等

・安斎政雄(1998) 新・天気予報の手引(改訂29版),日本気象協会
・小倉義光(1994) お天気の科学-気象災害から身を守るために-,森北出版株式会社
・小倉義光(1999) 一般気象学(第2版),東京大学出版会
・中島俊夫(2022)イラスト図解 よくわかる気象学 実技編,ナツメ社
・福地 章(1999)高層気象とFAXの知識(第7版),成山堂書店
・Windy.comのwebサイト

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