はじめに
豆知識4、5では、「このエリアでは南西の風」「このエリアでは北西の風」というふうに、個々の地点の風の吹き方だけに着目してきました。しかし、風はいつも同じ方向に吹いているわけではありません。風同士は集まったり(ぶつかったり)、離れたりもします。
そこで今回は、異なる二つの風が影響を及ぼし合う場合を考えてみます。
収束と発散
低気圧があると、周りの気圧の高い所から空気が流れ込んで集まります(図1A)。集まった空気は地面にもぐりこめないので、上昇気流となります。上昇した空気は、上空で行き場をなくして離れていきます(図1B)。このように空気が集まることを収束(図1A)、離れることを発散(図1B)と呼びます。
高気圧の場合、空気は上空で収束し(図1C)、下降気流が生じ、下層で発散します(図1D)

図1 地表面と上空における空気の収束と発散(模式図)
収束には、図1A(図2a)に加え、図2bや図2cのようなタイプもあります。図2cの場合、上流(図の左側)からたくさんの空気が流れ込み、下流(図の右側)に向かっては少ししか流れ出さないため、そこに空気が集まる(収束する)ことになります。

図2 空気の収束(模式図)
発散には、図1D(図3a)に加え、図3bや図3cのようなタイプもあります。

図3 空気の発散(模式図)
ちなみに、図1Aの収束で生じた上昇気流によって、雲が発生します。例えば積乱雲の場合、発達期の雲の中は全て上昇流です。一方、成熟期以降の雲の中では下降流も生じますが、今回の話の本筋から外れますので、詳細は割愛します。
シアーおよびシアーライン
風のシアー(シア)
前述の「収束・発散」と内容的に一部重複しますが、風を「シアー」という観点から考えてみます。シアー(Shear)とは「ずれ」「ひずみ」「ゆがみ」などを表す言葉です(以下「ずれ」と表記)。気象の分野では、風同士の風向・風速のずれのことを「風のシアー」といいます。
このうち、「水平方向の風のずれ」は水平シアー、「高度方向(鉛直方向)の風のずれ」は鉛直シアーといいます。風速が同じで風向のみ異なる場合は風向シアー、風向が同じで風速のみ異なる場合は風速シアーと呼ぶこともあります。
水平シアーについては、前述の図2、3をそのままイメージしてください。鉛直シアーについては、図4をご覧ください(この場合は風速シアー)。左側に鉛直シアーが弱い場合、右側に鉛直シアーが強い場合を示しています。一般に高度とともに(上空ほど)風が強くなることを「豆知識3」で述べました。その風が強くなる程度は「鉛直シアー」で表現できるわけです。

図4 風の鉛直シアー(風速シアー)の模式図
シアーライン
風の水平シアーが繋がった線を、シアーラインといいます。これとは別の気象用語に「収束線」や「前線」があります。これらに、違いはあるのでしょうか。
表1をご覧ください。シアーラインは「風向、風速(どちらか一方でも良い)が急に変化しているところを結んだ線」とされています。風の「シアー」は、収束・発散を含む風の空間的な変化全般を指す言葉として用いられますが、「シアーライン」では、一般に風が収束している場となります。

すなわち、シアーラインは「風向・風速の変化に注目した表現」と言えるかと思います。一方、収束線は、文字どおり「収束に注目した表現」です。
また、前線は総観規模(2000~数千km)、シアーラインと収束線はメソスケール(2~2000km)の現象に対して用います。総観規模やメソスケールについては、前回の「豆知識6」を参照してください。
シアーライン、収束(線)の事例
前述のとおりシアーラインは風向・風速の変化に注目した表現であり、収束線は文字どおり収束に注目した表現です。このような中、同じ気象現象に関して「シアーライン」又は「収束線」のいずれかの言葉が使用される場合があります。
以下では、気象庁の短期予報解説資料で用いられた言葉をそのまま引用して、シアーライン、収束(線)の事例を紹介します。
降雪に関与するJPCZ(日本海寒帯気団収束帯)(2事例)
2016年1月24日9時の事例
日本海に形成された収束線付近で、対流活動が活発化している。北陸を中心に雪が強まっている
(ちなみにJPCZは、朝鮮半島北部の白頭山及び周囲の山脈(図5Aのエリア)で、北寄りの季節風が分流し、日本海で再び収束することで発生します)

図5 925hPa 風向(流線)・風速(2016年1月24日9時の予想図)
注)気象庁のメソモデル,気象情報可視化ツール Wvisより入手。特徴的な風の収束エリアを、黄色の線で囲った。

図6 850hPa 風・相当温位(2016年1月24日9時の予想図)
注)気象庁。特徴的な風の収束エリアを、黄色の線で囲った。

図7 気象衛星赤外画像(2016年1月24日9時)
注)画像は高知大学気象情報頁 (http://weather.is.kochi-u.ac.jp/) による。赤外画像では、雲頂高度が高い雲ほど白く見える。特徴的な雲列を、黄色の線で囲った。
2017年2月10日9時の事例
冬型の気圧配置が強まっている。日本海西部には、シアーラインに伴う発達した帯状の雲バンドがある。

図8 925hPa 風向(流線)・風速(2017年2月10日9時の予想図)
注)図の注釈は図5参照。

図9 850hPa 風・相当温位(2017年2月10日9時の予想図)
注)図の注釈は図6参照。

図10 気象衛星赤外画像(2017年2月10日9時)
注)図の注釈は図7参照。
降雨に関与する現象(4事例)
2022年6月1日21時の事例
前線が、華中から奄美大島と沖縄本島の間を通って、日本の南へのびている。前線南側では台湾の西を回って流れ込む西よりの暖湿気と、太平洋高気圧の縁を回る南西からの暖湿気の収束が強まり、対流雲が発達・組織化して、にんじん状の雲を形成。活発に発雷して猛烈な雨を解析。

図11 925hPa 風向(流線)・風速(2022年6月1日21時の予想図)
注)図の注釈は図5参照。

図12 850hPa 風・相当温位(2022年6月1日21時の予想図)
注)図の注釈は図6参照。

図13 気象衛星赤外画像(2022年6月1日21時)
注)図の注釈は図7参照。
2022年7月28日9時の事例
南西諸島付近~九州の西へ南北走向の地上シアーラインがのびており西進。シアーライン付近では対流雲が発達しており、激しい雨を解析し、発雷を検知。

図14 925hPa 風向(流線)・風速(2022年7月28日9時の予想図)
注)図の注釈は図5参照。

図15 850hPa 風・相当温位(2022年7月28日9時の予想図)
注)図の注釈は図6参照。

図16 気象衛星赤外画像(2022年7月28日9時)
注)図の注釈は図7参照。
2023年9月17日9時の事例
前線が東シナ海~朝鮮半島、日本海西部~東北南部付近へとのびている。この前線暖域側の南西風と太平洋高気圧縁辺の南風の地上風が収束して、ライン状に対流雲が発達。雷を伴った猛烈な雨や非常に激しい雨を解析。

図17 925hPa 風向(流線)・風速(2023年9月17日9時の予想図)
注)図の注釈は図5参照。

図18 850hPa 風・相当温位(2023年9月17日9時の予想図)
注)図の注釈は図6参照。

図19 気象衛星赤外画像(2023年9月17日9時)
注)図の注釈は図7参照。
2024年6月1日21時~2日21時の事例
これまでの5つの現象は、特定の時刻(1回)に絞って紹介しました。この事例では、6月1日21時、2日9時、2日21時の計3回の気象図に着目し、シアーラインの動きを見てみます。
【2024年6月1日21時】
日本海西部を東進する低気圧から、シアーラインが西日本にのびている。

図20 925hPa 気温・湿度・風(2024年6月1日21時の予想図)
注)欧州中期予報センターの数値予報モデル,Windy.comのwebサイトより入手。実線は、等温線。湿度の分布は、色を変えて表示。細く途切れた線は、風の流れを示す。シアーラインの推定位置を、黄色の線で示した。
【2024年6月2日9時】
日本海中部を東北東進する低気圧から、シアーラインが東日本にのびている。

図21 925hPa 気温・湿度・風(2024年6月2日9時の予想図)
注)図の注釈は図20参照。
【2024年6月2日21時】
日本海中部を東北東進する低気圧から、シアーラインが北~東日本にのびている。

図22 925hPa 気温・湿度・風(2024年6月2日21時の予想図)
注)図の注釈は図20参照。
おわりに
シアーラインは、一般的な地上天気図には描かれていません。しかし、この付近では積乱雲が発達し、強い降水など激しい気象現象が引き起こされることがあります。
風の収束など、異なる二つの風が影響を及ぼし合うことで引き起こされる気象現象について、今回の「豆知識7」によって少しでも理解を深めていただけたのであれば幸いです。
今回の豆知識で参考にした図書等
・新井直樹,瀬之口 敦 (2011) 気象情報の見える化の試み-気象情報可視化ツール Wvisの開発と可視化事例-,天気58: 835-839
・荒木健太郎(2014)雲の中では何が起こっているのか,ペレ出版
・安斎政雄(1998) 新・天気予報の手引(改訂29版),日本気象協会
・小倉義光(1994) お天気の科学-気象災害から身を守るために-,森北出版株式会社
・小倉義光(1999) 一般気象学(第2版),東京大学出版会
・気象庁のwebサイト
・高知大学のwebサイト(気象情報項)
・田畑 明,藤部文昭(2010)ウインドシアー,天気57: 245-246
・中島俊夫(2022)イラスト図解 よくわかる気象学 実技編,ナツメ社
・古川武彦(2013)ウインドシア,天気60: 657-665
・Windy.comのwebサイト