はじめに
天気変化を考えるうえで、これまでは、主に空気の水平方向の動きに注目してきました(例えば、豆知識4、7)。しかし、雲は上昇流のある地域で発生し、下降流の区域で消えることから、上下方向(鉛直方向)の動きも重要です。
そこで今回は「上昇流や下降流の数値化」について、お話します。そのうえで、これらの値を、700hPa天気図から読み取る手法を紹介します。
上昇流や下降流の数値化(鉛直P速度)
鉛直P速度とは
鉛直流は、水平方向の流れ(風)と違って直接測定することは難しいので、計算によって求めます。例えば、700hPa高層天気図では、鉛直方向の空気の動き(鉛直流)の速度を、鉛直P速度という物理量で表します。鉛直P(Pressure)速度は、気圧の時間変化率を意味しており、単位は「hPa/h」です。
豆知識2で述べたとおり、ある水平面(高度)の気圧とは、その面から上の空気の重さですので、気圧は上空ほど低くなります。ここで、ある高さの空気が上昇したとすると気圧は低くなるので、気圧の時間変化率は負の値になります。逆に空気が下降すると気圧は上昇するので、気圧の時間変化率は正の値になります(図1)。
つまり、鉛直P速度が負(−)の値のときは上昇流、正(+)の値のときは下降流を表すことになります。

図1 上昇流と下降流における気圧の時間変化率
気象現象のスケールと上昇・下降流
後で具体的にお示ししますが、700hPa鉛直流解析図には、鉛直P速度の極値が記載されています。例えば、図中に記載されている「−40」(hPa/h)、「−60」(hPa/h)などの数値は、上昇流の極値を意味します。この鉛直P速度の値は、速いのか遅いのか、どうもイメージしにくいですね。
そこで、例として10hPa/hを秒速に変換してみましょう。700hPa付近での10hPaの差は、高度約110mに相当します。よって、「10hPa/時=11000cm/3600秒=約3cm/秒」となります。つまり、−40 hPa/hは約12cm/s、−60 hPa/hは約18cm/sの速度の上昇流に相当します。
豆知識6で述べたとおり、気象現象には、様々なスケール(規模、大きさ)のものが存在します。鉛直P速度は、図2左の低気圧のような、100km~1000kmの水平スケール・10kmの鉛直スケールの気象現象(相対的に、水平規模より鉛直規模がはるかに小さい現象)に対応する物理量です。鉛直P速度は、高気圧・低気圧の発達・移動などの推定や、雲域・降水域の予想などに役立ちます。

図2 温帯低気圧に伴う雲(左)と積乱雲(右)の水平および鉛直スケール
一方、鉛直P速度は、図2右の積乱雲のような、数km~10kmの水平スケール・10kmの鉛直スケールの気象現象(相対的に、水平規模と鉛直規模がほぼ同じ現象)には対応していません。積乱雲の場合は、数m/秒(数百cm/秒)といった局地的に強い鉛直流を伴います。鉛直P速度は、「低気圧のような大規模な気象現象をモニタリングする指標」であることを、頭に入れておきましょう。
700hPa天気図における上昇・下降流域について
先ほどの話と少し重複しますが、700hPa(高度約 3000m)の上昇流は、湿りや気温などの条件が揃えば降水に結びつくことから、降水域を見積もる際の目安となります。具体的に話を進めます。
まずは、前回の豆知識13と同じく、2024年4月10日9時の天気図をみてみましょう(図3)。地上天気図(①)と700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)は、前回と同じ図です。①を見ると、千島近海には低気圧があり、前線が小笠原諸島付近にのびています。②を見ると、千島近海~小笠原諸島付近の前線に沿って、湿潤域が帯状に分布しています。
図3③の850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図は、今回、初めて紹介します。この図では、異なる高さ、つまり700hPa(約3000m)と850hPa(約1500m)の情報が、一つの天気図に集約されているので注意が必要です。
今回は、主に700hPaの鉛直流の方に注目します。この図の網掛けの部分は、鉛直P速度が負(−)の値、すなわち上昇流域を示します。その中で周囲より上昇流が大きい場所には、負(−)の記号と数値で、上昇流の極値が記載されています。数値の単位は、前に述べたとおりhPa/hです。
この図(③)では、千島近海の低気圧の前面(東側)に、上昇流域(網掛け域)が見られます。特に低気圧の中心(赤の矢印)付近には、−46hPa/hや−71hPa/hの上昇流の極値が計算されています。さらに、小笠原諸島付近にのびる前線に沿って、−32hPa/hや−100hPa/hの上昇流の極値が表現されています。一方、低気圧の後面(西側)では、+31 hPa/hを極大値とする下降流域(白い区域)が見られています。



図3 2024年4月10日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)
注)①と③は気象庁提供。②は、欧州中期予報センターの数値予報モデルによる予測値(Windy.comのwebサイトより入手)。
②:実線は等高度線。細く途切れた線は、風の流れ。湿度の分布は、色を変えて表示。
③:網掛け域は700hPaの上昇流域、白い領域は700hPaの下降流域。太実線は、850hPaの等温線。矢羽根は、850hPaの風向と風速。
①~③:注目する低気圧の中心位置に、矢印を記入した。
低気圧の発達期や最盛期の700hPaの上昇・下降流域(5事例)
豆知識13では、「発達中の低気圧の場合、その前面では湿潤な暖気が上昇しながら流入し、後面では乾燥した寒気が下降しながら流入する」こと、「低気圧が最盛期となって閉塞が始まる段階では、湿潤域(暖気の上昇流域)は低気圧の北側にも、また乾燥域(寒気の下降流域)は低気圧の南側にも及ぶようになる。さらに、低気圧の中心付近に巻き込むように流入する乾燥域をドライスロットと呼ぶ」ことを述べました。
2024年3月6日9時(低気圧の発達期)、3月7日9時(低気圧の最盛期)
今回は、発達中の低気圧における上昇・下降流域を、2024年3月6日9時の天気図(図4)を例に確認してみましょう。地上天気図(①)と700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)は、前回の豆知識でも、用いた図です。
地上天気図を見ると(①)、低気圧が日本の東にあり(中心は、矢印の位置)、寒冷前線が沖縄の南へのびています。また、低気圧の中心から南東へ温暖前線がのびています。700hPaの湿度分布をみると(②)、低気圧の前面(東側)では湿潤域、低気圧の後面(西側)では乾燥域が見られます。
図4③の850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図は、今回、新たに掲載しました。この図(③)では低気圧(中心は、矢印の位置)の前面(東側)に、上昇流域(網掛け域)が見られます。この700hPaの上昇流域は、湿潤域(②)と対応し、850hPaの暖気移流(等温線が北東側に向かって凸となっている部分に、その向きに風が吹く)の領域にも対応しています。
一方、低気圧の後面(西側)の日本海北部や中部には、下降流域(白い区域)が表現されています。この700hPaの下降流域は、乾燥域(②)と対応し、850hPaの寒気移流(等温線が南東側に向かって凸となっている部分に、その向きに風が吹く)の領域にも対応しています。
次に最盛期の低気圧における上昇・下降流域を、その翌日の2024年3月7日9時の天気図(図5)で確認します。地上天気図を見ると(①)、低気圧は日本のはるか東へと進みました(中心は、矢印の位置)。700hPaの湿度分布を見ると(②)、湿潤域は低気圧の北側にも、また乾燥域は低気圧の南側にも及んでいます。
ここで、700hPaの鉛直流の分布を見ると(③)、湿潤な暖気移流に対応する上昇流域(網掛け域)が、低気圧の北側にも及んでいます。また、乾燥した寒気移流に対応する下降流域(白い区域)が、低気圧の南側にも及んでいることが分かります。


図4 2024年3月6日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)①と③は気象庁提供。②は、欧州中期予報センターの数値予報モデルによる予測値(Windy.comのwebサイトより入手)。②:実線は等高度線。細く途切れた線は、風の流れ。湿度の分布は、色を変えて表示。③:網掛け域は700hPaの上昇流域、白い領域は700hPaの下降流域。太実線は、850hPaの等温線。矢羽根は、850hPaの風向と風速。①~③:注目する低気圧の中心位置に、矢印を記入した。


図5 2024年3月7日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)①と③は気象庁提供。②は、欧州中期予報センターの数値予報モデルによる予測値(Windy.comのwebサイトより入手)。②:実線は等高度線。細く途切れた線は、風の流れ。湿度の分布は、色を変えて表示。③:網掛け域は700hPaの上昇流域、白い領域は700hPaの下降流域。太実線は、850hPaの等温線。矢羽根は、850hPaの風向と風速。①~③:注目する低気圧の中心位置に、矢印を記入した。②:低気圧の中心付近に巻き込むように流入する乾燥域(ドライスロット)に、「D」と記入した。
さらに、2024年3月12~13日(図6、7)、3月17~18日(図8、9)、6月21~22日(図10、11)、6月30日~7月1日(図12、13)の天気図も紹介します。図6~13の①と②は、豆知識13と全く同じ図であり、③が今回新たに掲載する850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図です。
これら場合も、発達期及び最盛期の低気圧における上昇流域や下降流域の分布に関して、2024年3月6~7日の事例(図4、5)と同じ特徴を確認できます。
2024年3月12日9時(低気圧の発達期)、3月13日9時(低気圧の最盛期)


図6 2024年3月12日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図4参照。


図7 2024年3月13日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図5参照。
2024年3月17日9時(低気圧の発達期)、3月18日9時(低気圧の最盛期)


図8 2024年3月17日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図4参照。


図9 2024年3月18日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図5参照。
2024年6月21日9時(低気圧の発達期)、6月22日9時(低気圧の最盛期)


図10 2024年6月21日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図4参照。


図11 2024年6月22日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図5参照。
2024年6月30日21時(低気圧の発達期)、7月1日21時(低気圧の最盛期)


図12 2024年6月30日21時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図4参照。


図13 2024年7月1日21時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図5参照。
前線が停滞している時の700hPaの上昇・下降流域(4事例)
2024年4月6日9時
次に、地上天気図で停滞前線が解析されるときの700hPaの上昇・下降流域を、2024年4月6日9時(図14)の事例で確認してみましょう。地上天気図(①)と700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)は、前回の豆知識でも、用いた図です。
この時の地上天気図では、前線が華南~南西諸島を通って日本の南にのびています(①)。このうち、日本の南付近の前線(①中に実線で囲んだ前線)の大まかな位置を、②と③に書き込みました。これらを比べると、前線付近では、700hPaの上昇流域(網掛け域)が表現されています。


図14 2024年4月6日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図4参照。ただし、図4では低気圧の中心位置に矢印を記入したが、図14の場合、①では注目する前線の位置を実線で囲い、②と③には、その前線の位置を書き込んだ。
さらに、別の日時の事例も紹介します(図15~17)。図15~17の①と②は、まめ知識13と同じ図であり、③が今回新たに掲載する850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図です。これらの事例でも、前線付近では、700hPaの上昇流域が出現していることを確認できます。
2024年6月15日9時


図15 2024年6月15日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図14参照。
2024年6月28日9時


図16 2024年6月28日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図14参照。
2024年7月14日9時


図17 2024年7月14日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)注)図の注釈は図14参照。
おわりに
雲は上昇流のある地域で発生し、下降流の区域で消えます。よって気象予報では、空気の水平方向の動きに加え、上下方向(鉛直方向)の動きのモニタリングも重要となります。
今回は、大気中の鉛直方向の動きを数値化する方法として、鉛直P速度を取り上げました。その中でも、700hPaの上昇・下降流域に注目しました。今回紹介した700hPa鉛直流解析図は、気象庁などのwebサイトで最新の図を確認することができるので、興味がある方は参照されてはいかがでしょうか。
また、実際の空模様と天気図を見比べることも大切。例えば低気圧の通過時に、空一面が雲で覆われているとします。その時の上昇流域を、700hPa鉛直流解析図で確認してみるのも、いいかもしれませんね。
今回の豆知識で参考にした図書等
・安斎政雄(1998) 新・天気予報の手引(改訂29版),日本気象協会
・岩槻秀明(2017) 気象学のキホンがよ~くわかる本(第3版),秀和システム
・小倉義光(1994) お天気の科学-気象災害から身を守るために-,森北出版
・小倉義光(1999) 一般気象学(第2版),東京大学出版会・気象庁のwebサイト
・気象庁のwebサイト
・中島俊夫(2019)イラスト図解 よくわかる気象学 専門知識,ナツメ社
・中島俊夫(2022)イラスト図解 よくわかる気象学 実技編,ナツメ社
・新田 尚,土屋 喬,成瀬秀雄,稲葉征男(2002)気象予報士試験 実技演習,オーム社
・新田 尚,稲葉征男,土屋 喬,二宮洸三,(2004)天気図の使い方と楽しみ方,オーム社
・日本気象協会(1996)気象FAXの利用法 PartⅡ(改訂2版),日本気象協会
・Windy.comのwebサイト