はじめに
これまでの豆知識では、500hPa面(高度約5500m)や700hPa面(高度約3000m)の天気図を紹介してきました。今回から、850hPa面(高度約1500m)の天気図を取り上げます。
850hPa面は風や気温に対して山地など地表の局地的影響(ノイズ)がほとんどなくなった最低の高さを反映しています。よって、地上天気図に比べノイズの少ない850hPa面の情報が、前線解析や下層暖湿気のモニタリングに適しています。
それではまず、前線解析についてお話しましょう。
前線、前線帯、及び前線面について
暖気と寒気のように、2つの性質の異なる空気がぶつかりあうところを、前線帯と言います。図1(下)をご覧ください。これは、前線帯を横(西側)から見た断面図です。ここでは、北側に乾いた寒気、南側に湿った暖気があるとします。前線帯では空気の性質が大きく変化し、等温線が集中します。例えば、12、15、18℃の等温線が前線帯付近に描かれているとしたら、その3本の線の間隔は狭くなります。
前線帯はある程度の厚さがある層で、前線帯の縁の部分を前線面と言います。図1(下)のように、前線面は2か所あり、1つは暖気の先端に(暖気側の前面)、もう1つは寒気の先端(寒気側の前面)に位置します。

図1 前線解析の模式図
このうち暖気側の前線面と地表面が交わった部分が、地上の前線です。図1(下)の場合、前線帯の暖気側の前線面、すなわち、前線帯の南縁に前線が解析されます。同じように、暖気側の前線面と850hPa面が交わった部分が、850hPaの前線です。よって、850hPaの前線も、850hPaの前線帯の南縁に解析されることになります。
次に、地上の前線と850hPaの前線の位置を比べてみましょう。図1(上)は、前線帯を上空から見た図です。地上前線は、850hPa前線よりも、やや南に位置していることがわかります。通常、地上前線は、850hPa前線よりも緯度1度ほど南に位置しています。
850hPa天気図を参考に地上の前線を解析するときは、高さだけでなく、位置にも違いがあることを認識しておく必要があります。このことは、後の具体例でもお示しします。
850hPaの「実況天気図」及び「風・相当温位図」からみた前線
2024年10月4日21時の天気図を使って、前線の位置を確認してみましょう。まずは、地上天気図です(図2-1)。北海道付近と千島近海を東北東進する低気圧から、前線が北~東日本太平洋側~日本の南を通り、東シナ海にのびています。

図2-1 2024年10月4日21時の地上天気図(気象庁)
この時の、850hPa高層実況天気図を以下に示します(図2-2)。この図には等高度線が実線、等温線が破線で示されています。等温線の間隔は、4〜11月は3℃であり、12〜3月は6℃です。また、まめ知識13で取り上げたとおり、湿数3℃未満の湿潤域が、網掛けで示されています。

図2-2 2024年10月4日21時の850hPa高層実況天気図(気象庁)
注)注目した等温度線の温度を記載した。
10月4日21時の場合(図2-2)、北~東日本を9、12、15℃の等温線が通り、それぞれの等温線の間隔が狭くなっています。この等温線の間隔が狭い所が前線帯となり、その南縁付近に、850hPaの前線が解析されます。
地上前線は、850hPa前線よりも、やや南に位置していることを、先に述べました(図1)。10月4日21時の場合も、地上前線(図2-1)は、850hPa前線(図2-2)よりも、わずかではありますが南に位置していることがわかります。
なお、北~東日本における850hPa湿数3℃未満の湿潤域(網掛け域)は、同高度の前線帯(等温線の間隔が狭くなっている所)と、おおまかに一致しています(図2-2)。
さらに、同じ時刻の850hPa風・相当温位図をみてみます(図2-3)。風の表示に関しては、豆知識4をご参照ください。相当温位は気温と湿度の大きさで変化する物理量で、単位は絶対温度のKで表します。相当温位が高い空気ほど高温多湿、相当温位が低い空気ほど低温乾燥ということになります。高相当温位の目安としては、夏季が336K以上、冬季が324K以上とされています。

図2-3 2024年10月4日21時の850hPa風・相当温位予想図(気象庁)
注)注目した等相当温位線の集中帯を、青塗りにした。
この図では、等相当温位線と呼ばれる相当温位が等しい場所を結んだ線が、実線で書かれています。等相当温位線は、3kごとに細実線、15kごとに太実線で表示されています。
相当温位は水蒸気量の違いも表現できるので、気温だけに比べ前線を特定しやすいです。特に梅雨前線のように、温度傾度より水蒸気量傾度が顕著な場合は、相当温位による前線位置の検出が有効です。
10月4日21時の場合、北~東日本を等相当温位線の集中帯(青塗りの部分)が通っています(図2-3)。ここが前線帯となり、その南縁付近に、850hPaの前線が解析されます。
この場合も、地上前線(図2-1)は、850hPa前線(図2-3)よりも、わずかながら南に位置していることがわかります。
この時のアメダスによる降水量の分布は、図2-4のとおりです。等温線や等相当温位の集中帯から推定される前線帯に沿って、雨が降っていることがわかります。

図2-4 2024年10月4日20~21時のアメダスによる降水量(気象庁)
850hPa風・相当温位図での下層暖湿気の流入
地上付近に暖気、上空に寒気があるときの大気の状態は不安定です(豆知識1)。また、空気塊が湿っている(飽和している)と、不安定の度合いが増します(豆知識16)。このことから、大気の不安定度を知るうえでは、大気下層が暖かく湿っているかどうかが、重要なポイントとなります。
850hPa風・相当温位図では、前線位置の検出に加え、大気下層における暖かく湿った空気の流入をモニタリングすることができます。
前述のとおり、850hPa面における高相当温位の目安としては、夏季が336K以上、冬季が324K以上とされています。このような高相当温位(高温多湿)の空気が流れ込むことを、気象庁では「下層暖湿気の流入」という言葉で表現します。
下層暖湿気が流入すると、大雨のリスクが高まります。また、この下層暖湿気の流入域が「舌」のような形状を示すことがあり、これを湿舌と言います。湿舌が形成された条件下では、記録的な大雨になることがあります。
それでは、2024年6月18日9時の天気図を使って、実際の下層暖湿気の流入状況を確認してみましょう。まずは、地上天気図です(図3-1)。
前線が華中~奄美地方付近~四国の南~東日本の太平洋側を通り、日本の東にのびています。また、前線上の四国地方付近には、低気圧があります。

図3-1 2024年6月18日9時の地上天気図(気象庁)
次に、同じ時刻の850hPa風・相当温位図です(図3-2)。日本の南には、336~348kと相当温位が高い、風速40~60ktの南西の強風域が出現しています。すなわち、暖かく湿った空気(暖湿気)が、低気圧や前線(図3-1)に向かって流入しています。
その中でも、345k以上の高相当温位に注目すると(赤塗り)、その形状は舌状になっていることがわかります(図3-2)。

図3-2 2024年6月18日9時の850hPa 風・相当温位 予想図(気象庁)
注)注目した相当温位が高い(345k以上)強風域を、赤塗りにした。
この時のアメダスによる降水量の分布は、図3-3のとおり。等相当温位の集中帯から推定される前線帯に沿って、雨が降っていることがわかります。特に、前述の赤塗りで示した部分(図3-2)の先端付近に位置する四国地方や近畿地方の一部では、強い雨が観測されています(図3-3)。

図3-3 2024年6月18日8~9時のアメダスによる降水量(気象庁)
850hPa風・相当温位図での前線と下層暖湿気流入(4事例)
ここからは、850hPa風・相当温位図を用いることで、「前線の位置」と「下層暖湿気の流入」の両方を検出した事例を紹介します(図4~7)。
それぞれの事例において、地上天気図の前線(図4-1, 5-1, 6-1, 7-1)と850hPaの等相当温位線の集中帯(図4-2, 5-2, 6-2, 7-2)が対応していることが確認できます。
また、等相当温位線の集中帯に向かって下層暖湿気が流入し(図4-2, 5-2, 6-2, 7-2)、その流入域は、降水の分布域(図4-3, 5-3, 6-3, 7-3)とおおまかに一致しています。さらに、下層暖湿気の流入域の中でも、特に相当温位が高い赤塗りのエリアでは、強い雨が観測されています。
2024年5月28日9時の事例

図4-1 2024年5月28日9時の地上天気図(気象庁)

図4-2 2024年5月28日9時の850hPa 風・相当温位 予想図(気象庁)
注)注目した相当温位が高い(342k以上)強風域を、赤塗りにした。また、注目した等相当温位線の集中帯を青塗りにした。

図4-3 2024年5月28日8~9時のアメダスによる降水量(気象庁)
2024年6月22日21時の事例

図5-1 2024年6月22日21時の地上天気図(気象庁)

図5-2 2024年6月22日21時の850hPa 風・相当温位 予想図(気象庁)
注)注目した相当温位が高い(351k以上)強風域を、赤塗りにした。また、注目した等相当温位線の集中帯を青塗りにした。

図5-3 2024年6月22日20~21時のアメダスによる降水量(気象庁)
2024年7月1日9時の事例

図6-1 2024年7月1日9時の地上天気図(気象庁)

図6-2 2024年7月1日9時の850hPa 風・相当温位 予想図(気象庁)
注)注目した相当温位が高い(345k以上)強風域を、赤塗りにした。また、注目した等相当温位線の集中帯を青塗りにした。

図6-3 2024年7月1日8~9時のアメダスによる降水量(気象庁)
2024年7月7日9時の事例

図7-1 2024年7月7日9時の地上天気図(気象庁)

図7-2 2024年7月7日9時の850hPa 風・相当温位 予想図(気象庁)
注)注目した相当温位が高い(345k以上)強風域を、赤塗りにした。また、注目した等相当温位線の集中帯を青塗りにした。

図7-3 2024年7月7日8~9時のアメダスによる降水量(気象庁)
おわりに
今回は「850hPa風・相当温位図」を取り上げました。この図を用いることで、「前線の位置」と「下層暖湿気の流入」の同時に検出することができます。
日々の「850hPa風・相当温位図」を「地上天気図」や「アメダスによる降水量の分布図」と見比べることで、前線や下層暖湿気の理解が深まるかと思います。これらの最新の図は、気象庁などのwebサイトで確認することができます。
今回の豆知識で参考にした図書等
・安斎政雄(1998) 新・天気予報の手引(改訂29版),日本気象協会
・岩槻秀明(2017) 気象学のキホンがよ~くわかる本(第3版),秀和システム
・気象庁のwebサイト
・中島俊夫(2022)イラスト図解 よくわかる気象学 実技編,ナツメ社
・日本気象協会(1996)気象FAXの利用法 PartⅡ(改訂2版),日本気象協会
・福地 章(1999)高層気象とFAXの知識(第7版),成山堂書店