はじめに
前回の豆知識で「雲は上昇流域で発生し、下降流域で消えること」「気象予報では、空気の水平方向だけでなく、上下方向の動きの監視も重要」「その監視手段として700hPa鉛直流解析図が用いられること」を述べました。
しかし、そもそも、なぜ「雲は上昇流域で発生し、下降流域で消える」のでしょうか。今回は、その仕組みを考えてみます。さらに、「700hPaの上昇流域」と「気象衛星画像の雲域」を比べてみたいと思います。
空気の圧縮と膨張に伴う温度変化
空気塊と外部との間に熱のやり取りが行われない(熱交換がない)状態で、圧力、体積が変化することを断熱変化といいます。空気塊は、鉛直方向に運動するとき、気圧の変化に伴って、圧縮又は膨張します。
空気塊は、周囲の空気とまじり合うなどして、熱のやりとりを行います。しかし、空気塊の状態変化は、多くの場合、熱の出入りによる影響よりも圧縮や膨張による影響を強く受けるため、断熱変化とみなすことができます。
図1をご覧ください。断熱素材でできたシリンダーに入った気体を(図1①)、ピストンで押して圧縮させたとします(図1②)。このように、外部との熱のやり取りがない状態で気体を圧縮することを、断熱圧縮といいます。断熱圧縮すると、気体の温度は上昇します。これを断熱昇温と呼びます。
一方、このシリンダー入った気体を(図1①)、ピストンを引いて膨張させたとします(図1③)。このように、外部との熱のやり取りがない状態で気体を膨張させることを、断熱膨張といいます。断熱膨張すると、気体の温度は下降します。これを断熱冷却と呼びます。

図1 断熱圧縮に伴う温度上昇と、断熱膨張に伴う温度下降
例えば、自転車のタイヤに、空気入れで空気を入れるとき、空気入れが熱くなります。これは断熱圧縮によって温度が上昇した例です。
一方、炭酸飲料が入った缶を開けたとき、缶の上部が冷たくなります。これは缶の中の気体が一気に膨張すること(断熱冷却)によって、温度が下降した例です。同様に、スプレー缶の内容物を噴射すると冷たくなるのは、圧縮して詰まっていたガスが外部に出ることで一気に膨張すること(断熱冷却)によるものです。
上昇流域で雲が発生し、下降流域で消える仕組み
空気塊が、断熱的に上昇するとします(図2右①)。大気は上空ほど、気圧が低くなるため(②)、この空気塊は、上昇するにつれ膨張します(③)。気体が膨張するときは熱が必要ですが、この空気塊は外界から熱を受けずに膨張するので、自分が持っている熱を使います(内部エネルギーを消費します)。その結果、空気塊が上昇するにつれ、その気温はどんどん下がります(④)。この過程が、先ほど述べた「断熱冷却」に該当します。
空気塊の気温が下がれば、飽和水蒸気量が減少し(⑤)、湿度が高まります(⑥)。もし、上昇の途中で気温が露点温度以下に達すると、その後は雲ができるようになります(⑦)。大規模な空気の上昇運動が続くと、雲が次々と生成されて、ついには降水をもたらす場合があります。

図2 上昇流域で雲が発生し、下降流域で雲が消える仕組み
一方、空気塊が断熱的に下降するとします(図2左①)。高度が低くなるにつれ気圧は高くなるため(②)、この空気塊は、下降するにつれ圧縮され(③)、気温はどんどん上がります(④)。この過程が、先ほど述べた「断熱昇温」に該当します。空気塊の気温が上がれば、飽和水蒸気量が増加し(⑤)、湿度が低下し(⑥)、雲は消えます(⑦)。
以上が、上昇流域で雲が発生し、下降流域で消える仕組みです。なお、飽和水蒸気量や露点温度については、豆知識13をご覧ください。
発達中の低気圧付近の「上昇流域と雲域」の比較(3事例)
2024年3月12日9時
今回は、発達中の低気圧における雲域を、2024年3月12日9時の天気図(図3)を例に確認してみましょう。地上天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、及び850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)は、前回の豆知識でも、用いた図です。地上天気図を見ると(①)、前線を伴った低気圧が四国沖にあります(中心は、矢印の位置)。
700hPaの湿度分布を見ると(②)、低気圧の前面(東側)では湿潤域、低気圧の後面(西側)では乾燥域があります。700hPaの鉛直流を見ると(③)、低気圧前面に上昇流域(網掛け域)、後面に下降流域(白い区域)が表現されています。
気象衛星による可視画像(④)及び赤外画像(⑤)は、今回、新たに掲載しました。可視画像で白い雲は厚い雲、灰色の雲は薄い雲です。赤外画像で白い雲は雲頂高度が高い雲、灰色の雲は雲頂高度が低い雲です。
この図(④、⑤)では低気圧の前面(東側)を中心に雲域が広がっています。特に低気圧の中心や寒冷前線付近では、可視画像(④)、赤外画像(⑤)ともに白く、厚くて雲頂高度の高い雲が確認できます。一方、低気圧の後面(西側)の東シナ海では、雲域はほとんど確認されません。
このように、低気圧の前面の上昇流域では雲域が広がり、低気圧後面の下降流域では雲域がほとんど確認されないことが分かります。



図3 2024年3月12日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)、気象衛星による可視画像(④)及び赤外画像(⑤)
注)①と③は気象庁提供。②は、欧州中期予報センターの数値予報モデルによる予測値(Windy.comのwebサイトより入手)。④と⑤の画像は高知大学気象情報頁 (http://weather.is.kochi-u.ac.jp/) による。
②:実線は等高度線。細く途切れた線は、風の流れ。湿度の分布は、色を変えて表示。
③:網掛け域は700hPaの上昇流域、白い区域は700hPaの下降流域。太実線は、850hPaの等温線。矢羽根は、850hPaの風向と風速。
①~⑤:注目する低気圧の中心位置に、矢印を記入した。
さらに、別の日時の事例も紹介します(図4、5)。図4、5の①~③は、豆知識14と同じ図であり、④と⑤が、今回新たに掲載する可視画像(④)と赤外画像(⑤)です。これらの事例でも、低気圧の前面の上昇流域と雲域が対応することを確認できます。
2024年3月17日9時



図4 2024年3月17日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)、気象衛星による可視画像(④)及び赤外画像(⑤)
注)図の注釈は図3参照。
2024年6月21日9時



図5 2024年6月21日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)、気象衛星による可視画像(④)及び赤外画像(⑤)
注)図の注釈は図3参照。
停滞前線付近の「上昇流域と雲域」の比較(4事例)
2024年4月6日9時
次に、地上天気図で停滞前線が解析されるときの雲域を、2024年4月6日9時(図6)の事例で確認してみましょう。①、②、及び③は、前回の豆知識でも、用いた図です。④と⑤の図を、今回追加しました。
この時の地上天気図では、前線が華南~南西諸島を通って日本の南にのびています(①)。日本の南付近の前線(①中に実線で囲んだ前線)の大まかな位置を、②~⑤に書き込んでいます。
このうち、③、④、⑤を比べると、前線付近では、700hPaの上昇流域(網掛け域)が表現され(③)、そのエリアを中心に雲域があります(④、⑤)。また、前線南側の一部には、可視画像(④)、赤外画像(⑤)ともに白く、厚くて雲頂高度の高い雲が確認できます。



図6 2024年4月6日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)、気象衛星による可視画像(④)及び赤外画像(⑤)
注)図の注釈は図3参照。ただし、図3では低気圧の中心位置に矢印を記入したが、図6の場合、①では注目する前線の位置を実線で囲い、②~⑤には、その前線の位置を書き込んだ。
さらに、別の日時の事例も紹介します(図7~9)。図7~9の①~③は、豆知識14と同じ図であり、④と⑤が今回新たに掲載する気象衛星画像です。これらの事例でも、前線付近の上昇流域では雲域が広がり、所によって、厚くて雲頂高度の高い雲が確認できます。
2024年6月15日9時



図7 2024年6月15日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)、気象衛星による可視画像(④)及び赤外画像(⑤)
注)図の注釈は図3、6参照。
2024年6月28日9時



図8 2024年6月28日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)、気象衛星による可視画像(④)及び赤外画像(⑤)
注)図の注釈は図3、6参照。
2024年7月14日9時



図9 2024年7月14日9時の地上実況天気図(①)、700hPa 高度・湿度・風 予想図(②)、850hPa 気温・風、700hPa鉛直流解析図(③)、気象衛星による可視画像(④)、及び赤外画像(⑤)
注)図の注釈は図3、6参照。
おわりに
今回は、断熱圧縮と断熱膨張をキーワードにして、上昇流域で雲が発生し、下降流域で雲が消える仕組みを述べました。さらに、「700hPaの上昇流域」と「気象衛星画像の雲域」が対応することを、実際の気象図を使って確認しました。
なお、今回紹介した「気象衛星画像」については、今後、もう少し詳しく取り上げたいと思っています。
今回の豆知識で参考にした図書等
・安斎政雄(1998) 新・天気予報の手引(改訂29版),日本気象協会
・岩槻秀明(2017) 気象学のキホンがよ~くわかる本(第3版),秀和システム
・小倉義光(1999) 一般気象学(第2版),東京大学出版会・気象庁のwebサイト
・高知大学のwebサイト(気象情報項)
・中島俊夫(2019)イラスト図解 よくわかる気象学 専門知識,ナツメ社
・饒村 曜(2005)気象予報士 完全合格教本,新星出版社
・長谷川隆司,上田 文夫,柿本 太三(2006)気象衛星画像の見方と使い方,オーム社
・Windy.comのwebサイト