【豆知識8】偏西風はなぜ蛇行するのか?|上空の気圧の谷(トラフ)と尾根(リッジ)とは?

はじめに

 豆知識2では、500hPa面、700hP面などの各等圧面天気図の特徴を、大まかに述べました。今回の豆知識から、500hPa天気図に関係が深い気象要素を深掘りしていきます。
 豆知識2で述べたとおり、500hPa面は大気の平均構造を代表するところであり、最もよく使われる高層天気図です。特に、上層寒気の強さ、気圧の谷の移動や深まりから、地上の低気圧の発生や発達の予報などに利用します。今回は、「偏西風」「寒気と暖気の流入」「気圧の谷と尾根」に注目してみます。
 その前に、豆知識3で紹介した「上空ほど西風が強い」ことを、少しおさらいします。

偏西風帯の波動

 「豆知識2、3」では、「低緯度帯では、高緯度帯よりも多くの太陽エネルギーが降りそそぐので、低緯度にある空気は、同じ高度で高緯度にある空気より気温が高く、軽い」「850hPaの高度は、低緯度より高緯度の方が高い。以下、700hPa、500hPa、300hPaという等圧面を順次考えていくと、等圧面の傾斜はますます大きくなり、それに対応して上空ほど西風(偏西風)が強くなる」ことを、図を用いてお話しました。

 前述のとおり、低緯度帯(赤道側)では、高緯度帯(北極側)よりも多くの太陽エネルギーが降りそそぎます。そうすると、南北方向の気温傾度(気圧傾度)は、どんどん無制限に大きくなるのでしょうか? そうなると、上空の偏西風も、無制限に強くなっていくのでしょうか? そんなことになると、地球が暴走してしまいますね。実際には、そうならない「あるメカニズム」が働きます。そのことを、今からお話します。

 豆知識3において、「地面摩擦の影響を受けない上空では、等高線に平行に西風が吹く」ことを述べました。以下の図1①でも、そのように西風(偏西風)が吹いています。さらにこの図では、南北方向の気温傾度(気圧傾度)が大きくなり、上空の偏西風が増大している状態を示しています。

図1 温度の南北傾度の増大に伴う偏西風の蛇行(模式図)

 次に、図1②をご覧ください。温度の南北傾度がある限界を越すと、大気はその状態に耐え切れずに波動を起こします。つまり、等高度線が波打って偏西風が蛇行し始め、北の寒気は南(暖気)側、南の暖気は北(寒気)側へ流入し始めます。

 図1③では、偏西風の蛇行が大きくなり、北からの寒気の流入と南からの暖気の流入がさらに進み、温度の南北傾度が弱まります。

 実際に日々の高層天気図を見ると、偏西風帯は絶えず南北に波を打っています。この偏西風帯の波動を気象学では傾圧不安定波とも呼びます。この傾圧不安定波は、なぜ起こるのでしょうか。
 一般的に状態が不安定なときには、その不安定な状態を解消して、安定な状態に戻そうとする運動が起きます。傾圧不安定というのは、本質的には偏西風が高度と共にあまりに急激に増加すると、そのような状態は不安定であることを意味します。この不安定な状態を解消するために、東西方向に数千kmの波長をもつ波動が起きるのです。

上空の気圧の谷(トラフ)と尾根(リッジ)

 図1③から、気温と風の表示を取り除き、等高度線だけを強調したのが、図2①です。図2➀は、500hPa天気図の模式図だとします。豆知識5において、高層天気図では、北側(北極側)の高度が、南側(赤道側)に比べて低いことを確認しましたね。そこで図2➀では、等高度線の値を、北から順に、5580m、5640m、5700mと仮定しています。

図2 上空の気圧の谷(トラフ)と尾根(リッジ)の模式図

 この図2➀で等高度線が南側に向かって凸となっている部分を、図2②では赤の二重線で示しました。豆知識2で述べたとおり、高度と気圧は1対1の関係にあるので、等高度線が低いところは、周囲より気圧が低いと考えることができます。つまり、赤の二重線の部分は、周りより気圧が低い(高度が低い)ので、気圧の谷(トラフ)と呼びます。等高度線が閉じていないので、低気圧と呼ばず、気圧の谷といっているわけです。

 反対に、等高度線が北側に向かって凸となっている部分を、図2②では青のギザギザ線で示しました。この部分は、周囲より気圧が高い(高度が高い)ので、気圧の尾根(リッジ)と呼びます。気圧の谷(トラフ)は天気の崩れ、気圧の尾根(リッジ)は天気の回復に、それぞれ深く関係します。このことは、今後の「豆知識」で述べたいと思います。

 気圧の谷(トラフ)や気圧の尾根(リッジ)は、高層天気図だけでなく、地上天気図でも見られます。しかし、トラフやリッジという言葉は、主に高層天気図で用いられます(表1)。

 なお、地上の気圧の谷、気圧の尾根については、別の機会(今後の豆知識)において、お話したいと思います。

「トラフとリッジ」「寒気と暖気の流入」の事例(6事例)

 実際の「上空の気圧の谷(トラフ)と尾根(リッジ)」「寒気と暖気の流入」は、前述の模式図のように単純ではありません。具体的な事例(6事例)を、以下の天気図でみてみましょう。
 主に日本周辺の「トラフとリッジ」について、トラフは二重線、リッジはギザギザ線で書き込んでみました。これらの線は、「500hPa 高度・風 予想図」だけなく、「500hPa 気温・風 予想図」にも、同じ位置に書き込みました。

 以下の事例を通して、偏西風帯(等高度線)が南北に波打つことで、北から寒気が流入し、南から暖気が流入するところを、大局的に捉えていただければ幸いです。

2024年4月13日21時

図3  500hPa 高度・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)実線は等高度線。風速(ノット)の分布は、色を変えて表示(詳細は、豆知識5の図6を参照)。細く途切れた線は、風の流れを示す。主に日本周辺の「トラフとリッジ」について、トラフは二重線、リッジはギザギザ線で書き込んだ。

図4  500hPa 気温・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)実線は、等温線。気温の分布は、色を変えて表示。細く途切れた線は、風の流れを示す。主に日本周辺の「トラフとリッジ」を、図3と同じ場所に書き込んだ。

2024年4月15日9時

図5  500hPa 高度・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)図の注釈は図3参照。

図6  500hPa 気温・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)図の注釈は図4参照。

2024年4月22日9時

図7  500hPa 高度・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)図の注釈は図3参照。

図8  500hPa 気温・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)図の注釈は図4参照。

2024年5月5日21時

図9  500hPa 高度・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)図の注釈は図3参照。

図10  500hPa 気温・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)図の注釈は図4参照。

2024年5月8日9時

図11  500hPa 高度・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)図の注釈は図3参照。

図12  500hPa 気温・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)図の注釈は図4参照。

2024年5月9日21時

図13  500hPa 高度・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)図の注釈は図3参照。

図14  500hPa 気温・風 予想図(欧州中期予報センター,Windy.comのwebサイトより入手)
注)図の注釈は図4参照。

おわりに

 今回は「偏西風」「寒気と暖気の流入」「気圧の谷と尾根」といった、上空の気象現象に注目しました。
 次回は、「上空の気圧の谷と尾根」と「地上の低気圧と高気圧」の関係を図解します。そのうえで、上空の気圧の谷や尾根が近づいてきたら、地上の天気はどうなるのか考えてみたいと思います。

今回の豆知識で参考にした図書等

・安斎政雄(1998) 新・天気予報の手引(改訂29版),日本気象協会
・岩槻秀明(2017) 気象学のキホンがよ~くわかる本(第3版),秀和システム
・小倉義光(1994) お天気の科学-気象災害から身を守るために-,森北出版株式会社
・小倉義光(1999) 一般気象学(第2版),東京大学出版会・気象庁のwebサイト
・中島俊夫(2022)イラスト図解 よくわかる気象学 実技編,ナツメ社
・Windy.comのwebサイト

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